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船津屋

船津屋
〒511-0011 三重県桑名市船馬町30
TEL0594-22-1880
(事前のご予約をお薦めします)

広縁、客間、次の間、打ち水のされた庭。
それらが一体となった空間には、日常の時は流れていない。
遥か遠い昔に時が止まってしまったような、日本の美しい風情。
何も変わらない。贅を尽くしたひとときの宴も、静かな風の流れも。

東海道宮の宿から 桑名へ渡る「七里の渡し」。その東海道五十三次の中の四十二番目の宿場町として栄えた地、桑名。渡船場であるがゆえに、時間の都合や天候の都合で泊まり客も多く、旅籠屋の数は東海道筋では熱田宿についで二番目に多かったという。その地にあって、江戸時代には本陣として格式を極めた場所こそ、今、ここに船津屋が佇む場所である。
 その歴史は三百年を下らないと言われる。既に明治四十二年、近代に日本文学の文豪である泉鏡花が船津屋(当時は「湊屋」)に宿泊した時は、すでに、船津屋の歴史と伝統は、ゆるぎないものとなっていた。鏡花は自身の代表作「歌行灯」の中で、登場人物に「湊屋、湊屋、湊屋、此の土地じゃ、まあ彼処一軒でござりますよ。古い家じゃが名代で奥座敷のてすりの外が、海と一所の大い揖斐の川口じゃ。」と言わせ、めくるめく幻想の物語りの重要な舞台として書き表わしている。
 今、船津屋の門をくぐれば、その頃から時間が止まっているかのような印象を受ける。泉鏡花の時代の、優美な郷愁感。
 しかし、ともすると伝統と格式というものが一人歩きしがちになるのが常だが、船津屋の素晴らしいところは、料理そのものも、日本古来の美意識を留めなら、一皿一皿が風土の実りの上に成り立っているというところだ。
 現在、本当の桑名の蛤を食べられるのは全国広しと言えど、ここ船津屋だけではないだろうか、と板長は語る。地のものは格別大きいわけではない。三、四年ものの小振りのものが味が良い。貝独特のエグさは全く無く、溢れ出す潮の香りと、品格のある旨味が、謙虚に主張する。
 蛤だけではない。長良川の白魚に鮎、桑名の山の山菜に鴨、少し南へ下れば伊勢えびに松阪牛。多彩な三重の風土が育んだ、滋味豊かな素材の数々。地のものだけを大切に、その一期一会を生かして彩られる、美しい料理。その一品一品は、会席の全体を、まるで物語りのように調和を保って饗される。しかし、伝統に縛られているわけではなく、地のものを美味しいままに使う、素朴な和の心を尊んでいるからこそ、船津屋は美味しい、と言われ続けるのだ。
 最後に、彼もまた船津屋の蛤に夢中になった男、池波正太郎の文章を。
「伊勢の桑名の旅館(船津屋)へ泊まると、朝の膳に蛤が入った湯豆腐が出る。今も出しているかどうか・・・・。この湯豆腐で酒をのむ旅の朝の一時は、何物にも替えがたかった。いまの蛤は、何しろ高い。とても庶民の口へは入らぬ。それでも、ほんとうに旨い蛤を食べさせる鮨屋や料理屋が東京にもないではないが、仕入れは絶対に秘密である。私も知らぬ。それほどに、蛤らしい蛤が滅びつつあるわけだろう。」
 しかし、「旧宿場町の料亭」らしい料亭は今も尚、ここに時を止めてあり続ける。 

こちらに掲載の内容は全て取材時のものです。変更がある場合がありますのでお店へお問い合わせください。

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